今の時計では、朝の1時間も夜の1時間も、同じ60分です。ところが江戸時代の日本には、季節によって時間のひと区切りの長さが変わる数え方がありました。
それが、昼と夜を別々に区切る「不定時法(ふていじほう)」です。当時のひと区切りは「一刻(いっとき)」と呼ばれました。
昼を6つ、夜も6つに分ける
江戸時代の不定時法では、夜明けの「明け六つ」から日暮れの「暮れ六つ」までを昼とし、6等分しました。日暮れから次の夜明けまでの夜も、同じように6等分します。
一日全体を同じ長さに割るのではなく、まず昼と夜に分け、それぞれを6つに区切る。その順番が、今の時計との大きな違いです。
夏の昼の一刻は、冬より長い
昼が長い季節には、長い昼を6つに分けるので、昼の一刻も長くなります。反対に、昼が短い季節には、昼の一刻も短くなります。夜の一刻では、この関係が逆になります。
計算の例として、昼が14時間、夜が10時間だと考えてみましょう。昼の一刻は14÷6で2時間20分、夜の一刻は10÷6で1時間40分です。これはしくみを説明するための仮の数字で、特定の日や場所を再現したものではありません。
時計も、変わる時間に合わせていた
同じ速さで針が進む時計をそのまま使うだけでは、季節で変わる時刻に合わせられません。そこで和時計には、機械の動く速さを調整する方法や、文字板の目盛りの間隔を変える方法などが取り入れられました。
セイコーミュージアムの解説には、時刻を記した小さな駒を動かして、目盛りの間隔を変える「割駒式文字盤」が紹介されています。時間の数え方に合わせて、時計そのものを工夫していたのです。
今の時間の数え方へ
日本時計協会の解説では、1873年(明治6年)の太陽暦採用に伴って、定時法へ移行したとされています。今のように一日を24等分する数え方は、江戸の不定時法とは異なります。
夏の夕方が長く感じられる日に、「昔は昼の一刻も長かった」と思い出してみると、季節と時計の関係が少し身近になります。
江戸時代の一刻は、昼と夜、そして季節によって長さが変わった。和時計は、その変化に合わせてつくられていた。



